Mar 06, 2009

旅行会社のコールセンターで働いて

旅行会社のコールセンター一度働いたことがあるが、また嫌だと思った。回線が混雑すると、ライトが回り、多くの数を消化するように促される。接客時間も記録されていて、評価の対象となるようだ。休みが取りやすいなどの利点もありますが、コールセンターでは、多くの場合、女性の社会で人間関係が非常に面倒なの派遣社員は使い捨てのような感じを受けた。
私の知り合いにも派遣会社で仕事をする人がいるが、最近では、この不況は、やはり難しいのだ。特に、通信販売、頻繁に電話代行業務にも、販売自体が別の売上高も取ることができなくなっていることも影響しているのではないか。も売上高がない場合、電話代行なども必要がないため、内部で調達する場合には、ではないだろうか。
 新しい旅客機が完成するまでに、いったい何年かかるのか? よくそんな質問を受けることがある。そこで今回は、新機種の開発プランが持ち上がってから、設計・製造を経て市場に送り出されるまでの具体的なプロセスを追ってみた。

【他の画像:「新型旅客機が誕生するまで」】

 新しい旅客機を計画し、開発・製造を経てEASA(欧州航空安全庁)とFAA(米連邦航空局)から型式証明を取得するまでには、さまざまなプロセスがある。その最初のステップが、どんな旅客機をつくれば売れるかという綿密なマーケット調査だ。せっかくつくっても、その旅客機をエアラインが買ってくれないと意味がない。そこで航空機メーカーは、エアライン各社から要望を聞いたり、世の中の動きから将来こういう旅客機が求められるのではないかという市場予測を基に新型旅客機のスペック(仕様)を決めていく。

 スペックとは、例えば1度に何人の乗客が乗れるサイズにするか、1回のフライトでどれくらいの距離を飛べる必要があるか──などだ。昨今はジェット燃料の高騰がエアライン各社の経営を圧迫している。その燃料価格の高騰に対応するため、どれくらい燃費性能のいい機体にするかも新機種の開発では重要なポイントになってきた。

 入念なマーケット調査に基づく初期の構想段階を経て、航空機メーカーは新しい旅客機の開発プランを作成し、エアライン各社に向けて最初の発表を行う。しかし、それで実際の開発がスタートするわけではない。次の大事な作業として、新型機を製造した場合に、はたしてエアライン各社は本当にその旅客機を買ってくれるのかを把握する必要がある。

●重要な役割を担うローンチカスタマー

 「ローンチカスタマー」という言葉を聞いたことがあるだろうか? 航空機メーカーが新機種の開発・製造に踏み切るためには、それを導入するエアラインから「正式な購入計画がある」という確証を得なければならない。航空機の開発・製造には膨大な資金がかかるため、「つくったけれど売れなかった」というのでは、メーカーの企業経営は成り立たないのだ。

 そこで十分な規模(機数)の発注を事前に行い、その新機種生産計画を立ち上げる(ローンチする)ための後ろ盾となる顧客のことを「ローンチカスタマー」と呼ぶ。

 ちなみにエアバスのオール2階建て巨人機A380の開発計画ではシンガポール航空とエミレーツ航空が、またボーイングが現在開発を進める次世代中型機787は日本のANAがローンチカスタマーとなった。

●世界のメーカーが開発・製造を分担

 ローンチカスタマーの導入計画も含めて、新しい旅客機をつくっても採算がとれると判断すると、開発計画はいよいよ正式にスタートする。新型機の開発には1兆円以上かかるといわれているだけに、エアライン各社から最低でも200機、300機程度の発注がなければ、ビジネスとして成功しない。値段が安い中・小型機の場合の採算ラインは当然、400機、500機と上がっていく。

 さて、新型機の開発が決定すると、サプライヤーと呼ばれる世界中の協力メーカーでそれぞれが担当するパーツ(部品)の製造を開始する。2大航空機メーカーの1社であるボーイングでは、さまざまな分野でのハイテク技術を擁する協力メーカーを、アメリカ国内はもとよりイギリス、イタリア、シンガポール、オーストラリア、韓国など世界各国に組織してきた。その中にはもちろん、日本も含まれている。

 例えば“ドリームライナー”の異名をもつボーイング787の開発・製造で日本のメーカーが深く関わってきたことは、以前にこの連載のレポートでも報告した。従来のアルミ合金に代わってボディ素材に採用されたカーボンファイバー(炭素繊維)複合材は日本のメーカーから供給されているし、主翼やその他の主要部品のうち、トータルで見ると3分の1以上の製造を三菱重工業や川崎重工業、富士重工業といった日本メーカーが担当している。787が「準国産旅客機」と言われるゆえんである。

●日本の21メーカーがエアバスと連携

 2大航空機メーカーのもう1社、エアバスも例外ではない。エアバス機の開発と製造のプロセスでも、“メイド・イン・ジャパン”の技術が重要な役割を果たしてきた。

 ベストセラー機となった単通路型A320ファミリーや、それに続く双通路型のA330/A340ファミリーの製造で、エアバスと日本メーカーは古くから部品供給パートナーとして協力関係を構築。そして最新のA380では、上の図に示したように日本からこれまでで最大の計21社が協力メーカーとして名を連ねている。

 そうして完成した主要なパーツは、ボーイング機なら米シアトルのエバレット工場へ、エアバス機なら仏トゥールーズ工場へと運ばれ、最終ラインでの組み立て作業へと移行する。

●繰り返される過酷なテスト飛行

 組み立て作業が終了すると、次のプロセスではさまざまな試験が待ち受けている。旅客機の試験は、単に“飛ばす”だけではない。考えられるさまざまな過酷条件を想定してのテストが繰り返されることになる。

 A380のテストでは、機体後方部を滑走路に着けたまま最低速度で離陸を行う「低速離陸テスト」や、南米の高地で行われた「高高度テスト」、世界各地の既存の空港に着陸して適性を判断する「空港適合性テスト」、マイナス30度の極寒の中でエンジン性能などを確かめる「寒中テスト」などに多くの時間が費やされた。

 ほかに実際に実施されたテスト項目リストを見ると、砂漠地帯を舞台にした「猛暑テスト」や、氷の生成雲の中で行われた「着氷テスト」などもそこに含まれている。

●欧米航空局から型式証明取得

 また地上では、強度試験や疲労試験、さらに満席の状態で緊急時に乗客全員が90秒以内で脱出を完了できることを実証する試験なども進められた。

 そして最終段階では、EASA(欧州航空安全庁)とFAA(米連邦航空局)から型式証明を取得するための「技術路線実証飛行」というテストフライトが義務付けられている。

 技術路線実証飛行では、エアライン各社が航空機を受領したあとに行う定期便運航とまったく同じ条件下で、EASAとFAAのチェッカー(査察)パイロットが同乗して150時間以上連続したフライトを実施。その運航状況や着陸した空港でのライン整備状況、ボーディングブリッジの接合具合や機内清掃、さらに次のフライトに向けての機内食の積み込みや給油などのグランドハンドリングがきちんと行えるかどうかのチェック・実証を経て、旅客機としての正式な型式証明が授与されるのだ。

●開発プランは1990年代初めに浮上

 さて、そろそろ最初の質問に戻ろう。新型旅客機の開発プランが浮上し、実際に完成するまでにはいったい何年かかるのか?

 すでにラインアップにある既存の機種を新たに受注した場合の製造期間であれば、ある程度のパターン化はできる。しかし、これがまったく新しい機種となると話は別だ。新型機の開発・製造過程では一般論では語れない不確定要素や時代背景、予期せぬ計画の変更などが入り込んでくる。そこで、現在最も新しい機種としてエアバスA380を例に考えてみよう。

 エアバスが綿密なマーケット分析を行った結果、21世紀にはそれまで最大だった“ジャンボ機”ボーイング747-400に代わる超大型機が必要になるとの確信を得てその作業を本格化させたのは、1990年代の初めだった。747-400の1.5〜2倍の収容力を有しながら、747-400と同等の航続距離性能をもつ──そんな大型機の開発計画について具体的な検討が始まったのが1992年。社員たちからも、機体の形状などについてさまざまなアイデアとプランが出される。超大型機といえども、現在ある世界の空港施設に適合させなければ実際に飛ばすことはできない。エンジニアやスタッフたちの知恵を結集して詳細を詰めた結果、全長と全幅をそれぞれ80メートル以内に収めるのがベストという意見でまとまり、史上初の「オール2階建て」にするという機体の青写真が描き上げられた。

●15年以上を費やして完成したA380

 エアバスは1996年3月に社内に新たに大型機部門を設立。新型機の開発構想は数度にわたる細部の見直しが行なわれ、より実用的かつ魅力ある機体にまとめ上げられていく。そして1999年12月19日、エアライン各社に対するPR活動をスタートし、そこで新型機を発注する考えがあることを最初に伝えてきたのがエミレーツ航空とシンガポール航空の2社だった。

 エアバスの超大型機A380は、こうして開発がスタートした。世界の拠点や協力メーカーの工場で主要構成パーツなどの製造が進み、2004年6月には最初の2機の組み立てをトゥールーズ工場で開始。A380の初号機がロールアウト(完成披露)式典とともに初めて私たちに公開されたのは、2005年1月18日だ。

 その後、前述したような過酷なテスト飛行が繰り返され、2006年12月にEASAとFAAから型式証明を取得。2007年に入って、シンガポール航空へ納入する1号機のキャビン設置作業や、同エアラインのロゴを入れる機体の塗装作業などが進む。そうして2007年10月15日、ついに第1号機がシンガポール航空に納入された。最初に開発計画が浮上したときから完成・納入までには、じつに15年以上の歳月を費やしているのである。

(秋本俊二)


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Posted at 09:48 in Earthquake | WriteBacks (0) | Edit
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